コスモスがゆれているちいさなこうえんで さがしているひとつひとつたしかめるように ふたりですわるにはすこしせまいこのベンチも ひとりですわるとこんなにひろかったなんて いまさらしった はじめてふたりでいったあのえいがかんはもういまじゃ とてもきれいなビルになってしまっているけど すぎていくひびのなかできえないものがあるとすれば あの日ふたりでみあげてたそらのいろだけ いそがしいまいにちにせなかをおされ すこしだけまえをむいてあるけるようになった それでもまだまちでなつかしいおもかげをみつけると ひだりむねのドアをそっとたたくにねんまえのぼくがいる いつもふたりでいったあのこうえんはさらいねん おおきなスーパーになってしまうよていだけれど どこかとおくのばしょできっとあいもかわらず おなじこのそらをきみはみてるはずだから かぜのいろやだいちのいろよりも あの日のそらがなによりもあざやかで いつもふたりでみてたおくじょうからながめるけしきは ずいぶんいろみがうすくなってしまっているけど そらはあの日とおなじまぶたのきみとおなじで ことばにならないほどかがやきにみちあふれ いまもかわらずごくさいしきのそらだけは