ぼくのじかんがすぎて きみのきせつかわって いつかおとなになって いま”をてばなしちゃって みることやきくことが ふかのうだとしましても おもいだすことだけも いつでもだれでも すぐにできるさ もうあえなくても こえがきこえなくても きみのすがたはいつでも きおくのなかでは いつもわらっているよ じぶんのなかに“いま”があるから ときがながれてゆけば けしきかわっていくよ きせつうつりかわれば みんなかわってしまって きおくというsystemの buttonおしてみよう いいことやいやなことや わすれていたこと おもいだすから かわってしまった かこうのたからものでも あのときとおなじままで めにみえなくても ことばとどかなくても いま”があるから ひとはべんりにできているから いま”をいつでもかんじられるから もうあえなくても こえがきこえなくても きみのすがたはいつでも きおくのなかでは いつもわらっているから じぶんのなかにいつもずっときっと おもいだせる“いま”があるから