めいろをぬけたさきには
きれいなもりがひろがってるとしんじてた
めいろにとじこめたまま
すすむあしあとしだいにかきけされていった
しあわせちかづいていっぽあとずさりした
ぼくらはうまれつきえんりょがちでおくびょう
めのまえにあらわれたまぼろしでも
ひていしてたおさないひのゆめもわすれて
あのころのあこがれのまほうづかいにあえなくて
きづけばいつのまにおとなになったんだろう
いつか」ととおいことときめつけた
あかるいはずの未来が
いま」としったときなにができるだろう
きずつきすわりこんでも(かならず
ときがいたみをいやすだろうくりかえす
あいまいなきおくだから(もうろうにゆれ
とうめいだったわたしにいろをつけていく
まださきいまはまだ...あしをとめるまいにち
たんにんにきびしくじぶんにあまいしょうぶん
さきのばしするたびにひろがるきょり
のぞきこんだぼうえんきょうのはるかかなた
ちいさくまだみえているぼくらのだいじなゆめを
わすれていつのまにじかんがたったんだろう
いつか」はとおすぎて
みることもできなくなるあさがくると
いま」きづいたよさあなにができるだろう「いま」なら
じゅくしたりんごを「みつけた
いつてにしようか「なやんだ
なやむうちにみはちに「おちた
そしてくちてゆくこえなきものは
なにをのぞんでいたのだろう
まちつづけたそのてみつけてきえていく
いま」ならはしりだしたきみにおいつくことができそうだと
せなかをおすようにふいたつよいかぜ