すっとめをとじてこきゅうをふかくおとしこむ
いっせつなよりさらにたかみの“しゅくじ”のいきへ
だがどこまでもかがみのなかのおのれより
いっぽはおそくさとりはとうく“が”にとらわれるひび
ふとそらをみるひかりがじをつくっている
ひとりではないたりないものは
ほんのひとつもないことをしった
みえたきがする
いつになくこころははれやかにかぜをかんじる
どんなものにも“いのち”のふりいったいがあると
めにはめをはにははをかまえたおのれのよわさ
はやさのむこうがわ”をしんじ
しっぷうじんらいともとゆかん
らくようをきりかつにはわたげもきるような
つるぎのみちもてんにゆくほど
けわしきやまとしる
どのせかいでもきわめることはあまくない
されどみちなればすべてはおなじ
どこかにつくとかとうにやみてらす
ゆめをともして
きずなはひとだけのものじゃなくばんぶつにある
ともにときをかわすたびしんのつよさおびて
まもりまもられるあいをもってはじめてこえる
みちなきみち”さえもなににも
いちれんたくしょうともととばん
ことばをもたずこのてでにぎるだけでいい
ながきよりそうめいゆうのように
かたらずともにぜんぶわかりあえる
さあともにあすへ
いつになくこころははれやかにかぜをかんじる
どんなものにも“いのち”のふりいったいがあると
めにはめをはにははをかまえたおのれのよわさ
はやさのむこうがわ”をしんじ
しっぷうじんらいともとゆかん